大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11217号 判決

原告 宮川淑 ほか二名

被告 国 ほか五名

訴訟代理人 鈴木芳夫 中村均

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告ら

1  被告らは各自、原告らそれぞれに対し、各金一五万円及びこれに対する昭和五二年一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告国、同成田知巳、同春日一幸

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  被告三木武夫

1  本案前の申立

(一) 本件訴を却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の申立

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

四  被告不破哲三、同竹入義勝

1  本件訴を却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、日本国民であり、昭和五一年一二月五日施行の衆議院議員選挙(以下「本件総選挙」という。)に際し、公職選挙法一三条、別表第一、同法附則七項ないし一一項(以下「本件議員定数配分規定」又は単に「本件配分規定」という。)にいう千葉県第四区で選挙権を行使した者である。

(二) 被告ら

被告国を除くその余の被告らは、本件総選挙施行以前である第七七通常国会及び第七八臨時国会の各会期中、いずれも国会議員でありかつ各政党の代表者たる地位にあつた者で、被告三木武夫は同時に内閣総理大臣の地位にあつた者である。

2  本件議員定数配分規定の違憲性

(一)憲法一四条一項、一五条一項、四四条但書によれば、国会議員の選挙においてはいずれの選挙人の一票も他の選挙人のそれと平等の価値を与えられなければならず、選挙人がその居住場所を異にすることによつてその投票の価値に不合理な差別を設けることは、右憲法各条に違反するものである(最高裁判所昭和五一年四月一四日大法廷判決。民集三〇巻三号二二三頁)。

しかして、一人一票の原則からすると、ある選挙区における人口数を基準とする議員一人あたりの人口数と他の選挙区におけるそれとの比率が二倍を超える場合には、右差別は合理的な理由がないものであつて、そのような議員定数配分を定めた規定は、違憲無効である。

(二) しかるところ、本件配分規定が定める衆議院議員の数と、各選挙区毎の人口数・選挙人数とを対比してみると著しく不合理な差別が存在する。

即ち、右配分規定に従い千葉県第四区と兵庫県第五区、千葉県第三区とをそれぞれ比較するに、昭和五〇年一〇月一日現在の人口数を基準とした場合、右各選挙区の議員一人あたりの人口数の比率は、兵庫県第五区を一とすると千葉県第四区は三・七一であり、千葉県第三区を一とすると同第四区は二・五八であり、また昭和五〇年九月一日現在の選挙人数を基準とした場合、右各選挙区の議員一人あたりの選挙人数の比率は、兵庫県第五区を一とすると千葉県第四区は三三西であり、千葉県第三区を一とすると同第四区は二・三六である。

(三) してみれば、本件議員定数配分規定は、本件総選挙施行以前において違憲無効なものであつたというべきである。

3  内閣(代表者内閣総理大臣)及び国会議員の違憲法律改正義務

(一) 内閣及び国会議員が国会に対し法律案を発案(提出及び発議の総称。以下同じ)するか否かは、本来それぞれその自由裁量に委ねられた立法政策上の問題であるが、それは無制限のものではなく、最高法規たる憲法の許容する範囲内にとどまるものでなければならない。

即ち、例えばある法律が憲法違反の状態に立ち到つたようなときには、内閣及び国会議員はこれが改正のための法律案を発案すべき法的義務を負うものであつて、このことは、憲法一三条が国民の幸福追求権を保障し、同法九九条が国務大臣及び国会議員等の憲法尊重擁護義務を規定していることに照らして明らかというべく、そしてそこから、内閣及び国会議員には、常に、ある法律ないしそれに基づく処分が違憲のおそれを生じたときには、的確にその結果を予見し、適切にその結果を回避するため、右の改正法案を国会に発案すべき法的義務を負うに至るものと解すべきである。

(二) また、公職選挙法別表第一の末尾には「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」旨定められているが、この定めは、定数の不均衡が、憲法上の要請でもある選挙権の平等を実質的に侵害している場合には、内閣及び国会議員において、右表の改正義務があることを意味している。

(三) しかるところ、本件の場合、その議員定数配分規定が違憲の状態に立ち到つていることは前叙のとおりであるから、内閣(代表者内閣総理大臣)及び国会議員はこれが改正法案を発案すべき法的義務を負うものであつて、それはもはや自由裁量の問題ではなく、右の違背は、不作為による自由裁量権の濫用にあたり、公序良俗に反する違法の行為というべきである。

4  被告らの責任

(一) 被告国を除くその余の被告ら

(1) 本件議員定数配分規定は昭和五〇年七月に改正を経たものであるが、その改正も、同四五年の国勢調査の結果を基準としてみても一票の較差は最大限二・九二倍に修正されたにすぎないもので、内閣及び国会議員の法律案発案義務の適憲適法な履行にはほど遠いものであつた。

そして、昭和五〇年一〇月一日実施の国勢調査の結果は同年一二月には公表されており、また、同五一年四月一四日には最高裁判所において、前記のように、右改正前の本件議員定数配分規定に基づく昭和四七年一二月一〇日実施の衆議院議員選挙が憲法に違反すると断ぜられたことに鑑みると、本件総選挙以前において、本件議員定数配分規定に基づく各選挙区における選挙人の選挙権には、不合理で不平等な較差が存在しており、右配分規定は違憲状態にあつたことは明白であつたというべきであるから、昭和五〇年一二月二七日召集の第七七通常国会或いはそれに引き続く第七八臨時国会において、右国勢調査の結果をふまえて本件議員定数配分規定を憲法に適合するよう改正することは充分可能であつたはずである。

(2) しかも、内閣総理大臣であつた被告三木武夫についてこれをみるに、各市町村選挙管理委員会は、公職選挙法一九条二項に従い、毎年九月に選挙人名簿を調製し、その結果を自治省に報告することとなつており、内閣総理大臣は、内閣法六条に基づき指揮監督権を行使して、自治大臣から人口変動により国民の参政権の結果価値に不合理な不平等が生じていないか、或いはそれが拡大していないか否かの報告を求めうる地位にあつたのであり、また内閣総理大臣は本件配分規定改正のための方針を閣議にはかつて決定し、その大綱を自治大臣を通じて自治省の補助機関に示し、その改正の具体案を準備させ、成案を得たうえ、内閣総理大臣において内閣を代表して、右配分規定改正のための法律案を国会に提出すべきであつたのに、内閣総理大臣であつた被告三木武夫は、故意又は重過失によつてこれを怠り、その結果当時の内閣は、本件議員定数配分規定を改正する法律案を国会に提出すべき義務を懈怠することとなつた。

(3) 他方、国会議員は、国会に国会図書館や法制局が設置されており、また国政調査権の活用によつて、本件議員定数配分規定是正のための資料を得易い立場にあり、更に法律案の発議権行使を経済面から保障するために、国会における各会派に対する立法事務費の交付に関する法律一条に基づき、各会派に毎月議員一人あたり二〇万円の立法調査費が支給されていたのである。

ところで、政党政治を前提とした代議制民主制においては、国会議員は、法律改正の発議をその属する政党の機関にはかることなく単独でこれを行うことは事実上できないのである(前記の立法調査費が議員個人にではなく、各会派に支給されるのは、法律案の発議が現実には政党の機関を経由してなされるものであることを自明の理としている。)。

被告らは、前記のとおりいずれも国会議員であると同時に各政党の代表者たる地位にあり、党としての改正案の作成・発議に重大な責任を負つているのであるから、本件配分規定が違憲無効であつた以上、党としての改正の具体案を作成し、議員立法としてこれを国会に発議すべき義務があつたにもかかわらず、いずれの被告においても、故意又は重過失によりこれを懈怠したのである(なお、被告らの中には、その属する政党の国会議員数だけでは法律案の発議を行うに足りない状況の者もあつたが、その場合でも他党の国会議員に呼びかけて、共同発議することは充分に可能であつたのである。)。

(4) ところで、国の立法権は国会がこれを有するのであるが、立法行為の具体的権限と義務とは内閣及び国会を構成する国会議員にあるのであつて、国会という抽象的な主体にあるわけではないから違憲の法律の放置により損害を被つた者がある場合において、その損害を賠償する責任は、立法行為の連鎖の一過程たる法律案の作成及び発案の権限を有しながらこれを懈怠した者、即ち内閣(代表者たる内閣総理大臣)及び国会議員である被告ら個人が、国と共に、不真正連帯の債務としてこれを負うべきである。

(5) なお、本件は、国をも被告として国家賠償をも求めるものであるが、その場合でも、被害者は、加害者たる公務員個人に対してもその損害の賠償を求めうるものというべく、即ち、〈1〉国家賠償法に基づく損害賠償制度の趣旨は、被害者の純経済的救済のみにあるものではなく、公務執行の適正を担保する機能をも持つものと理解されること、〈2〉本件のように不作為による違法行為の場合、その責任を追及しないことによつてかえつて公務員の職務の怠慢を許容することになること、〈3〉国家賠償法一条二項による求償権は国と公務員との内部関係における自粛であつて、対外関係を拘束できないこと、などの点に鑑みれば、被害者たる国民は、加害者たる公務員個人に対しても、直接に、その被つた損害の賠償を請求することができるものというべきである。

(二) 被告国について

被告国を除くその余の被告らは、前記のとおりいずれも、立法行為の連鎖の一過程たる法律案の発案に関する国の公権力の行使にあたる公務員であるところ、前記のとおりいずれも故意又は過失によりその職務を怠つて、本件職員定数配分規定を改正する法律案を国会に発案せず、ために原告らは、その憲法上の権利を侵害されて後記損害を受けたものであるから、被告国は原告らに対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任がある。

5  原告らの損害

原告らは、叙上の如き違憲の本件配分規定の放置に因り、本件総選挙において不合理・不平等な選挙権行使を余儀なくされ、本来の憲法上の参政権を侵害されて著しい精神的苦痛を被つた。そして、原告らがかねて右配分規定の改正に熱意を有し、その実現に努力していたことをも考慮すると、右苦痛は原告ら各自についてそれぞれ金一五万円をもつて慰藉せられるのが相当である。

6  よつて、原告らは被告ら各自に対し、被告国については国家賠償法一条一項に基づき、またその余の被告らについては民法七〇九条、七一九条に基づき、原告らそれぞれにつき慰藉料として各金一五万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年一月一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告国の、原告らの請求原因に対する認否及び主張

1  認否

(一) 原告らの請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実のうち、千葉県第四区、兵庫県第五区及び千葉県第三区の議員一人あたりの人口数及び選挙人数の比較に関する数値は認め、主張自体は争う。

(三) 同2(三)の主張は争う。

(四) 同3(一)の、内閣及び国会議員に、原告ら主張の場合に法律案を発案する義務があるとの主張及び憲法一三条、九九条違反に関する主張はいずれも争う。

(五) 同4(一)(1)の事実のうち、昭和五〇年七月の公職選挙法の一部改正により選挙区間の較差が是正されたことは認めるが、右改正後もなお、本件議員定数配分規定が違憲であるとの主張は争う。

(六) 同4(一)のその余の主張中、本件議員定数配分規定の違憲無効を前提とする、公務員の注意義務及び故意・過失に関する主張は争う。

(七) 同4(二)の主張は争う。

2  主張

(一) 内閣及び国会議員は、特定の法律案を国会に発案する権限を有しているが、その権限の行使に当つては、広範な社会的、政治的諸情勢に基づく政策的、技術的な配慮を要するのであつて、特定の法律案を国会に発案するか否かは、内閣及び国会議員の広範な裁量に委ねられているのである。従つて、右のような権限の行使が個々の国民との関係で法律上義務付けられることはありえず、また右権限行使の当否によつて、政治的責任を生ずる場合があるにしても、個々の国民に対する法律上の責任を生ずる余地はない。

(二) 原告らが主張しているような一票の価値の較差の問題は、当該選挙区全体の問題としてとらえられるべきものであつて、一票の価値なるものは、極めて抽象的かつ不明確なものにすぎず、これを個々の有権者の具体的な権利の内容の問題としてとらえることはできない。従つてまた、原告らが主張するような立法の不作為によつて、原告らは何ら具体的な損害を被るものではない。

三  被告三木武夫の、本案前の申立の理由及び原告らの請求原因に対する認否

1  本案前の申立の理由

被告の、内閣総理大臣、国会議員及び政党の指導者たる地位は、いずれも国民全体の代表者としてのものであつて、個々の国民との間において具体的法律関係における義務を負担するものではなく、また本件議員定数配分規定改正に関する問題は、国会の自由裁量の範囲に属し、内閣総理大臣ないし国会議員の個々の態度が民法上不法行為を構成するものでないことは一見明白であるから、本件訴は、争訟性を有しない。

2  請求原因に対する認含

(一) 原告らの請求原因1(一)の事実及び1(二)の事実中被告に関する部分を認める。

(二) 同2(一)の主張は争う。

(三) 同2(二)の事実のうち、人口数、有権者数の比較についての数値は認めるが、主張自体は争う。

(四) 同2(三)の主張は争う。

(五) 同3の主張は争う。

(六) 同4(一)(1)の事実のうち、本件議員定数配分規定の昭和五〇年度改正によつて選挙区間の較差が是正されたことは認めるが、主張自体は争う。

(七) 同4(2)ないし(4)の本件議員定数配分規定の違憲無効及びこれを前提とする公務員の注意義務及び被告の故意・過失についての主張は争う。

四  被告成田知巳の、原告らの請求原因に対する認否及び主張

1  認否

(一) 原告らの請求原因1(一)の事実のうち、原告らが日本国民であること及び原告らの主張の日に本件総選挙が行われたことは認め、その余は不知。

(二) 同2(三)の主張は争う。

(三) 同3の主張は争う。

(四) 同4(一)(3)の主張は争う。

2  主張

(一) 原告らが指摘している程度の投票価値の不平等が存することをもつて、直ちに憲法違反であるとは断定し難い。

(二) 議員定数是正の問題は、定数の増減、増減の程度などを含めて広く全般的な検討を要するものであり、かつまた各政党の利害も微妙に対立するものであつて、それ自体きわめて複雑な政治問題であり、いつ、どのような形で定数是正の法律案を発議するかは、まさに国会議員若しくは政党の政治的判断に委ねられているのである。公職選挙法に改正の基準が存するからといつて直ちにこの問題を純法律的問題であるとはいい難く、従つてまた、改正のための発議をしなかつたという単純な不作為をとらえて直ちに憲法九九条に違反するとはいえない。

(三) 被告は、議員定数是正問題についてはかねてより衆議院、参議院を通じて、その改善に努力してきたものである。

五  被告不破哲三の、本案前の申立の理由及び主張

1  本案前の申立の理由

本件訴は、原告らと被告との間に具体的法律関係につき紛争が生じこれを法令の適用によつて解決しうるような具体的争訟事件であるとはいえず、従つて、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟には該当しない。

2  主張

被告が所属する共産党は、昭和四九年九月、議員の定数是正問題について、較差二・五倍以下とするなどを基本とするいくつかの選挙区での定数増減、合分区を総合的に検討した具体的な提案を行つた。

六  被告竹入義勝の、本案前の申立の理由

1  原告らの主張によつても、被告と原告らとの間に具体的な権利義務又は法律関係の存否に関する紛争は全くないのであるから、本件訴は、裁判所法三条一項にいう法律上の争訟にあたらないことが明らかである。

2  被告は国会議員であるところ、原告らの主張は被告の国会議員たる職務行為に対して民事責任を問おうとするものであるから、本件訴は、憲法五一条のいわゆる議員免責特権に照らし、不適法というべきである。

七  被告春日一幸の、原告らの請求原因に対する認否及び主張

1  認否

(一) 原告らの請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同2(一)前段の主張は争わない。同後段の主張は争う。

(三) 同2(二)の、数値に関する事実は認める。主張自体は争う。

(四) 同3(一)の、自由裁量権が無制限なものではないとの主張は争わない。但し、法律案の発議には国会法上の制約が存在するのであるから、発議しないことが一律に自由裁量権の濫用にあたるとはいい難く、この点に関する主張は争う。憲法一三条、九九条違反に関する主張は争う。

(五) 同3(二)の事実のうち、公職選挙法別表第一の末尾に原告主張の規定が存在することは認めるが、主張自体は争う。

(六) 同4(一)(1)の、昭和五〇年の公職選挙法改正に関する事実及び同年の国勢調査に関する事実はいずれも認めるが、主張自体は争う。

(七) 同4(一)(3)の事実及び主張中、被告に故意又は過失があつたこと及び議案の共同発議に関する部分は否認ないし争う。その余の事実は認め、主張は争わない。

2  主張

被告の所属する民社党は、選挙制度の不公正是正のための研究や、内閣及び他党に対するその是正の働きかけは常に行つていたものであるが、議員の発議権の行使には国会法五六条一項による制約があるところ、民社党は、昭和四七年一二月一〇日施行の衆議院議員選挙以降、法律案を発議するに足る議員数を欠いていたため、本件議員定数配分規定を改正する法律案を発議することができなかつたものである。

八  被告らの本案前の申立理由及び主張に対する原告らの反論

1  本件の法律的争訟性について(被告三木、同不破、同竹入の申立に対する反論)

右被告らの申立は、本件議員定数配分規定ないしその改正自体は直接原告らの権利義務に変動を生ぜしめるものでないとの命題を大前提としているものと解される。

しかしながら、右は誤りであつて、なるほど一般的には法律は抽象的な定めであるから、それ自体のみでは国民の具体的な権利義務に直接の変動を及ぼさず、当該法律に基づく行政庁の公権力の行使をもつて初めて処分性が認められる。しかし、本件議員定数配分規定は、選挙権の結果価値と参政権における平等な地位の量的範囲を直接に確定する法的効果を有しているものであるから、法の具体化である行政庁の執行行為をまたずに、それ自体が国民の権利や法律上の利益を直ちに変動させる処分的性格を有しているものというべきである。

従つて、右の如き性質の法律に関し損害を被つた本件の如き場合には、原・被告間に具体的な法律上の争訟関係があるものというべきである。

2  一票の価値の問題について(被告国の主張(二)に対する反論)

右の点については、最高裁判所昭和三〇年二月九日判決(刑集九巻二号二一七頁)が「国民主権を宣言する憲法の下において、公職の選挙権が国民の最も重要な基本的権利の一である。」と判示し、また、前掲最高裁判所昭和五一年四月一四日判決が「各選挙人の投票の価値の平等もまた、憲法の要求するところである。」と判示している点からみて、同被告の主張は明らかに失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

第一本案前の申立について

一  本件の法律上の争訟性(被告三木武夫、同不破哲三及び同竹入義勝の申立)

右被告らは、原告らと被告らとの間には具体的法律関係について紛争が生じていないから、原告らの本件訴は、裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」にはあたらない旨主張する。

ところで、右裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」とは、当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、かつそれが法律の適用によつて終局的に解決しうべきものをいうと解せられるから、本件の如き場合にあつては、被告らと原告らとの間に果して具体的な法的関係が存するといいうるかにつき、一応の疑問が存することはこれを否定しえない。

しかしながら、原告らが侵害を受けたと主張する選挙権(その投票価値の平等性)は国民の有する基本的権利のうち最も重要なものの一つであつて、これに対し国権による侵害があつた場合にはできうる限りその是正救済が図られるべきものであるところ、本件において問題とされている議員定数配分規定は、右規定の制定(改正を含む。)自体をもつて、即ちこれが実施のための行政行為等を俟つことなく、直ちに衆議院選挙における選挙区割、議員定数等を確定することを通じて、各選挙人の投票価値の平等性の如何を決定する効果を有するのであるから、右配分規定なる法律は、各国民の選挙権と直接の法的かかわりを有するものといわなければならない。

しかるところ、被告国を除くその余の被告ら(以下この場合を「被告三木ら」という。)は、当時の内閣総理大臣ないし国会議員(殊に各政党の指導者)として右配分規定の改正に関して一定の法的権限を有していたのであり、また被告国は、右被告三木らの行為を前提として本訴の被告となつているものであるところ、原告らは、被告らに対し、本件配分規定の改正行為そのもの等を訴求しているのではなく、前記の如き処分的性格を有する右配分規定に関して、これと深い法的関係をもつ被告三木らの一定の不作為に因り、原告らの前記の如き重要な権利が現に侵害されたとして、その精神的苦痛に対する慰藉料を求めているのであるから、以上によれば、本件については、当事者間に具体的な法律上の紛争が存し、かつ法律を適用してこれを解決しうる場合とみるのが相当である。

従つて、本件は、裁判所法三条一項にいう「法律上の争訟」に該当し、適法な訴というを妨げない。

二  国会議員の免責特権(被告竹入義勝の申立)

憲法五一条によれば、国会議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について院外で責任を問われない。

しかし、右の規定は、その歴史的沿革からみても、国会における議員の言論の自由を保障するために設けられた制度であつて、本件の如く国会議員の法的義務の違背に因る国民の選挙権への侵害が問題とされている場合にまで右免責特権が及ぶものとはにわかに解し難いのみならず、仮に然らずとしても、右は、本案において当該議員の行為が一応違法有責とせられたときの免責の問題であつて、訴訟要件の問題ではないと解されるから、いずれにしても、本件訴の却下を求める右申立は理由がない。

三  よつて、次に被告らに対する請求の当否について判断する。

第二被告三木ら個人に対する請求について

一  右被告らがいずれも本件総選挙以前の、第七七通常国会及び第七八臨時国会の各会期中国会議員であり、かつ各政党の代表者たる地位にあたつたこと、被告三木武夫は同時に内閣総理大臣の地位にあつたこと、国会議員及び内閣総理大臣は国政に関する職務を行う公務員であることは、いずれも明らかである。

ところで、原告らの、右被告らに対する請求は、同被告らの職務に関する不作為をもつて原告らに対する共同不法行為であるとし、国に対するのとは別に右各被告に対して損害賠償を求めるものであるが、公務員がその職務に関して他人に損害を与えた場合、被害を受けた者が、右の如く、国(又は公共団体)に対してとは別に、直接当該公務員個人に対しても損害賠償を求めうるか否かについては考え方の分かれるところである。しかし、国家賠償法がその一条一項において右の如き場合には「国……が、これを賠償する責に任ずる。」と明記し、更に同条二項において国などよりの当該公務員個人への求償規定を設けていること、また実質的にみても、国などの賠償によつて被害者救済が充分に果たされるのみならず、公務員個人への賠償請求を認めることによつてかえつて公務執行の萎縮を招くおそれもあること等の諸点に徴すると、公務員の職務上の行為(不作為を含む。)につき、国家賠償法により国などに損害の賠償を求めうる場合には、当該公務員個人に対しては右賠償を求めえないものと解するのが相当である(なお最高裁判所昭和三〇年四月一九日判決、民集九巻六号五三四頁参照)。

よつて、原告らの、被告三木ら五名に対する請求は、じ余の争点の判断に立ち入るまでもなく、失当として棄却を免れない。

第三被告国に対する請求について

一  原告らが本件総選挙当時いずれも千葉県第四区の選挙権者であつて、右総選挙につき同区で投票をした者であることは、原告らと右被告間で争いがない。

また、被告三木らが、そのころ内閣総理大臣ないし国会議員(なお各政党の指導者)として、国の公権力の行使に当たる公務員であつたことは前記のとおりであり、そして法律の制定ないし改正のための法律案の発案が、これを為すか否かの判断を含めて、同被告らの職務執行に属することはいうまでもない(なお、内閣総理大臣としての被告三木は、法律案の提出権を有する内閣の代表者として右職務執行を行うのであり、また国会議員たる被告三木ら五名に関しては、国会法五六条一項により法律案の発議について議員数上の制約があるが、これは発議権の行使における制約と解せられるから、個々の国会議員に右発議の権限が存することに変りはない。)。

二  ところで、原告らは右法律案の発案は一定の場合法的義務となると主張し、被告国はこれを争うので考えるに、内閣又は国会議員がある法律案を発案するか否か、また発案するとして何時いかなる内容の法律案を発案するかは、当該時点での広範な政治的・社会的諸情勢をふまえて、極めて政治的な或いは政策的な見地からこれを決するのであるから、右は本来、政治的ないし行政的判断に属する行為であり、少くともそれは自由裁量に親しむ行為であるといわなければならない。

従つて、通常、ある立法行為をなさざること又はある立法行為をなしたことをもつて、内閣総理大臣ないし国会議員につき、政治的ないし道義的責任の生じうるは格別、民・刑事上の法的責任はこれを生じないものというべく、ただ右の結果たる一定の立法が、裁判所により違憲無効と判断されることがあるにとどまるものというべきである(それがまた立法、行政と司法の三権の分立を定めた現行制度の趣旨にも適うものであろう。)。

三  しかしながら、翻つて考えてみるに、国民の有する諸権利のうち最も重要とせられる権利について、直接その権利の存否、内容ないし行使等を確定する効果をもつ種類の法律に関し、仮に何ぴとがみても顕著な違憲の状態が生じているにもかかわらず、国務大臣、就中内閣総理大臣や、国会議員が漫然これを放置し、そのため国民の右重要な権利が現に侵害されているような事態が生じたとした場合、かかる場合においてもなお、右大臣、議員らは一切の法的な責任を負わず、国民は、その政治的責任等を追求するほか、法的には、ある訴訟事件を通じて(しかも通常は数年の後に)裁判所による右法律の違憲判断を得るほかなしとするのは、わが憲法及びそのもとに形成されている現行法秩序からみて、果して当を得たものといいうるであろうか。

尤も、右の如き場合は通常予想されないところではあるが、ことの重大性にかんがみ、次にこの点を憲法等に照らして考えてみることとする。

四  現行憲法は、国民の基本的権利につき種々の権利を確認宣言しているが、そのなかでも、国民の参政権、就中国会議員の選挙権が、その最も重要なものの一つであることはいうまでもない。しかして右選挙権については、その投票価値の実質的に平等なることは、単に立法政策上配慮すべき事項にとどまらず、実に憲法上の要請と解すべきものなのである(前掲最高裁判所大法廷昭和五一年四月一四日判決参照)。

しかるところ、国会議員(本件の場合衆議院議員)選挙における選挙区割の決定、議員定数の配分等を通じ、結局各選挙人の投票価値の平等性の如何を決する効果を有する本件議員定数配分規定は、前叙のように、同法律の公布・施行をもつて直ちに右の点を確定する処分的性格を有する法律であつて、その放置は、たとえば尊属殺の重罰を定めた刑法二〇〇条等の放置とは異なり、国民の選挙権に関しその投票価値の平等という憲法上の要請に対し、即時にかつ直接的に一定の法的効果を及ぼすものであることが深く留意されなければならない。

五  他方、内閣総理大臣、国会議員など国政の重責に携わる者について、憲法の定めるところをみるに、国政は、国民の厳粛な信託に基づき、国民の代表者がこれを行うものであり(前文一項)、国民の基本的人権は、公共の福祉に反しないかぎり、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とするものであり(一三条)、国務大臣及び国会議員等は憲法尊重擁護の義務を負つている(九九条)のであつて、これに、憲法の有する最高法規性(九八条)を合わせ考えると、内閣及び国会議員の、国会に対する法律案の発案権は、無制約の自由裁量権と解すべきではなく、あくまで、憲法を頂点とする現行法秩序の許容する範囲内においてのみ自由裁量たりうるものといわなければならない。

しかるところ、被告三木ら在任中の公職選挙法別表第一の末尾には「本表は、この法律施行の日から五年ごとに、直近に行われた国勢調査の結果によつて、更正するのを例とする。」旨定められているのであつて、通常の場合は右規定に従うをもつて足るから、本件の如く、本件総選挙の前年たる昭和五〇年度に右の更正が行われている場合には、本件総選挙に際してこれを更正するの要をみないのであるが、そもそも右の規定は、本来総選挙における投票価値の合理的配分を実現することをもつてその主たる目的としているものであつて、しかも右の投票価値についてその実質的平等性が憲法上の要請にまで高められたことに思いを致せば、右更正実施のための種々の事実上の溢路を考慮に入れてもなお、右規定の右述の如き性質を考えるときは、右の規定は、議員定数配分規定が一定の違憲状態となつたときには、内閣総理大臣ないし国会議員など法律案の発案権を有する者に対し、右違憲状態を改めてこれを合憲ならしめるため、必ずしも右規定上の五年の期間等に囚われることなく、議員定数配分規定の改正法律案を発案すべき一種の法的義務を生ぜしめる実定法上の根拠となりうるものと解するのが相当である。

六  前にも述べたように、一般に法律案の発案は政治的な行為であり、殊に議員定数配分規定の改正の如きは高度に政治的な分野に属する問題であることは疑を入れない。

しかしながら、この点に配意しつつも、反面、叙上のような、国民の選挙権ないしその投票価値の実質的平等の重要性、議員定数配分規定の処分的性格と、国務大臣、国会議員等の憲法擁護義務ないし国政上の基本的権利尊重義務、議員定数配分規定の改正規定の法意等を彼我総合すると、通常は、内閣総理大臣ないし国会議員が法律案の発案自体について国民に対し直接民事上の法的責任等を負うことは考えられないけれども、しかし、国民の選挙権の如き重要な権利に関し、違憲の法律によつて現に右権利が侵害されており、しかも右違憲であることの蓋然性が何ぴとにも顕著であるときに、内閣(代表者内閣総理大臣)ないし国会議員が右法律の改正法律案を発案しないまま徒過したような場合には、それはもはや政治的ないし道義的責任にとどまらず、右の不作為をもつて違法な行為を構成するものと解するのが相当である(そして、このように解しても、当該大臣ないし議員に一定の公法上の行為を命ずるものではなく、以上の如き特別の場合に限り、これらの者の一定の法的責任を前提として個々の私人の被つた損害の賠償を命ずるにとどまるから、三権分立の趣旨にも反しないと解する。)。

七  そこで、以上の見地から本件をみるに、原告らは、本件総選挙における千葉県第四区における投票価値が著しく不平等、不合理であることから、本件議員定数配分規定は違憲である(その趣旨中には、右違憲であることが顕著である、との趣旨をも包含するものと解される。)と主張するので、以下この点を検討する。

右配分規定によれば、千葉県第四区と兵庫県第五区との間において、昭和五〇年一〇月一日現在の人口数を基準とする議員一人あたりの較差が三・七一倍となること、同じく同年九月一日現在の選挙人数を基準とする議員一人あたりの較差が三・三四倍となること、また千葉県第四区と同県第三区との間において、昭和五〇年一〇月一日現在の人口数を基準とする議員一人あたりの較差が二・五八倍となること、同じく同年九月一日現在の選挙人数を基準とする議員一人あたりの較差が二・三六倍となることは、原告らと被告国との間で争いがない。

原告らは、各選挙区の人口数を基準として議員一人あたりの較差が二倍を超えるときは違憲となると主張するが、ある議員定数配分規定が違憲となるか否かは、右のみをもつて容易に決することはできず、投票価値の平等性は実質的・合理的にこれを決すべきものであるから、前記の如く最大較差が人口数を基準として三・七一倍、有権者数を基準として三・三四倍であるときには、なお広く諸般の事情を総合勘案しなければ、たやすく右をもつて本件配分規定を違憲とは即断しえず、更に右配分規定が、前記のように本件総選挙の前年に改正せられたばかりのものであつて、これが再改正のために通常考えられる合理的期間を未だ経過していないことをも合わせ考えると、本件議員定数配分規定をもつて、その違憲とせられることの蓋然性が何ぴとにも顕著であるとは、未だ認められないところである。

八  そうしてみると、本件総選挙に際し、被告三木らにおいて右配分規定改正のための法律案を発案しなかつたからといつて、その不作為をもつて、直ちに原告らに対する違法行為を構成するものとはいえないから、原告らの被告国に対する請求もまた、その余の争点を判断するまでもなく、理由なきに帰着する。

第四以上の次第であつて、原告らの被告ら各自に対する請求は、いずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法八九条、九三条一項により原告らの負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男 飯田敏彦 佐藤陽一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例